かねてから訪れたいと願っていた、赤碕の塩谷定好写真記念館を2度にわたって訪問することができました。あまりに見るべきものが多すぎて、1度目はボランティアガイドの方の詳しいご説明を聴きながら、この眼で作品や建物を見るのが精一杯でした。2度目はひょんなことからお知り合いになった塩谷晋館長さんの温かいご配慮もあり、ゆっくりと館内を撮影させていただくことができました。33度超えのうだるような暑さの中を汗だくになりながら撮ったため、構図も十分に吟味できていませんが、LightroomとPhotoshopで温黒調のモノクロにトーンを調え、趣のある雰囲気や空気感を私なりに表現してみたつもりです。それらをInDesignでレイアウトしてオンラインフリップブックにまとめました。できればパソコンやタブレットの大きな画面で、フルスクリーン表示にして本来の見開きレイアウトのままご覧いただけるとうれしいです。%3Ciframe%20allowfullscreen%3D%22allowfullscreen%22%20allow%3D%22clipboard-write%22%20scrolling%3D%22no%22%20class%3D%22fp-iframe%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fheyzine.com%2Fflip-book%2Fdc9594f241.html%22%20style%3D%22border%3A%201px%20solid%20lightgray%3B%20width%3A%20100%25%3B%20height%3A%20101%25%3B%22%3E%3C%2Fiframe%3ELUMIX G99D, GX7mkll, LEICA Vario Elmarit 12-60mm F2.8-4.0LEICA Summilux 15mm F1.7, RICOH GRiiix 26mm F2.8Adobe Lightroom Classic, Photoshop, InDesign 塩谷定好は1899(明治32)年、鳥取県東伯郡赤碕村(現琴浦町)の廻船問屋に生まれ、芸術写真の分野で国内の草分け的存在として活躍した。海外における評価も高いが、生涯にわたって山陰地方の自然や人を撮り続けた。 小学5年生の時からカメラを手にし、1926(昭和元)年、写真雑誌「アサヒカメラ」創刊号第1回月例コンテストで作品《漁村》が 1等に選ばれ、その後数々のコンテストで入選・受賞を重ねた。 1982(昭和57)年には西ドイツ(当時)ケルン美術館の「フォトグラフィ 1922-1982」に出品し、フォトキナ栄誉賞を受賞。1983(昭和 58)年には日本写真協会功労賞を受賞し、1988(昭和63)年「ヒ ューストンフォトフェスト」(アメリカ)において「塩谷定好展」を開催。その後アメリカ国内7会場を巡回した。同年89歳で死去。 定好が生涯を過ごした生家は、5代目久次郎により、1906(明治 39)年に海運業の本店として建てられた町屋造りの建物で、現在は2階建ての本宅と、4つの土蔵及び庭園で構成されている。各部屋の造りや建築材料には様々な趣向が凝らしてあり、当時の塩谷家の豊かな生活ぶりが窺われる。2010(平成22)年に琴浦町から 定好に名誉町民の称号が贈られたことを契機に記念館設立準備会が発足し、その3年後には「NPO法人塩谷定好フォトプロジェクト」が設立された。生家は作品の展示を行う記念館として整備され、 2014(平成26)年4月に「塩谷定好写真記念館」としてオープン。建物5棟は翌年11月に、国の登録有形文化財に登録された。※ 塩谷定好写真記念館HPなどの記述をもとに作成。